木造毘沙門天立像

(もくぞうびしゃもんてんりゅうぞう)

 

台東区有形文化財〔彫刻〕(昭和62年度指定)

台東区谷中  天王寺


 本像は、ヒノキ材の一木造(いちぼくづくり)で、体内をくりぬかない彫法によって作られています。量感あふれる体型と頬と顎の張った表情や、大袖の特徴ある衣文の彫りは、その作風から平安時代中期(10世紀)ごろの作品とみられます。像高は116.8センチ。頭、体とも正面を向き、邪鬼の上に立ち、左手に宝塔をのせ、右手には宝棒を握っています。

 天王寺は、もと感応寺という日蓮宗の寺院でしたが、元禄11年(1698)江戸幕府の命令で天台宗に改宗させられました。この改宗にさいし、京都の鞍馬寺が比叡山の乾(いぬい・北西)の方角にあり毘沙門天をまつっていることになぞらえて、寛永寺の乾の方角にあたる天王寺にも毘沙門天を迎えることになりました。こうして本像は元禄12年比叡山からもたらされ、この寺の本尊になりました。天王寺の毘沙門天は、江戸の人々の信仰を集め、多くの参詣者でにぎわいました。江戸時代後期からは、谷中七福神のひとつに数えられ、いまも庶民に親しまれています。

 本像とともに指定をうけた『感応寺毘沙門天王記』は、享保16年(1731)寛永寺凌雲院実観の筆になるもので、本像が比叡山から天王寺に移された経緯がくわしく記されています。

 

       ▲感応寺毘沙門天王記

 

 

 

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