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絹本着色元三大師画像 (けんぽんちゃくしょくがんざんだいしがぞう) |
台東区有形文化財〔絵画〕(昭和62年度指定)
台東区上野桜木 寛永寺
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▲赤外線写真でみた懸崖・龍 |
「元三大師」とは、康保3年(966)、第18世天台座主(てんだいざす)となった慈恵(じえ)大師良源(りょうげん)(912−985)のことです。加持祈祷の効験を広く崇められ、数多くの画や彫像が造られました。永観3年(985)の正月3日に没したことから、元三大師と通称されます。 画面の大きさは、たて166、よこ83センチ。左右に2人の童子を配した坐像で、上方に幔幕(まんまく)を配する形式から、神格化された礼拝像として制作されたと考えられます。制作年代は、後屏の水墨画に室町時代初期を下らない様式が認められ、14世紀末から15世紀始めのころと推定されます。作者は、民部法眼と伝えるのみで、詳しいことはわかっていません。 この画像は、もと比叡山横川首楞厳院(ひえいざんよかわしゅりょうごんいん)にありましたが、元亀2年(1571)織田信長の焼き打ちのおり難をのがれました。寛永18年(1641)、寛永寺の開山天海僧正が、この画像を当時持っていた伊勢国西来寺(現三重県津市)から借りて、徳川三代将軍家光の男子誕生を祈り、四代将軍家綱が生まれたという有名なエピソードがあります。 江戸庶民の信仰も集め、「元三大師まいり」といって多くの人が寛永寺の両大師堂に参詣しました。 現在は秘仏となっていますが、年に一度、1月3日にだけは御開帳されます。
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