銅壺作り(どうこづくり) 星野 昇(ほしの のぼる)

台東区生活文化財(平成4年度指定)
台東区浅草


銅壺を製作中の星野さん
銅壺を製作中の星野さん

銅壺とは、長火鉢の灰の中に置き、その中に水を入れ暖めて常時湯をわかしておくためのものです。明治時代から戦前まで、家庭の日常生活に欠かせない必需品でした。
 はじめ銅壺の形態は、江戸時代後期の随筆によると、火鉢とセットになる調度品としてではなく、つくりつけの銅製の竈〈
かまど〉として登場しました。竈の熱で湯をわかし、洗濯や口すすぎに利用したのです。これは江戸にのみ現れ、京都・大坂では銅製の竈はありませんでした。
 銅壺は、やかんなどと同じく、金床の上で銅板をたたきながら形を整えていくもので、最後の仕上げとして用いられる技法「煮色付〈
にいろつ〉け」は、銅やほかの金属を配合し、水を足した溶液の中で煮て色を付けるもので、江戸独特のものです。
 星野昇氏は、大正14年、浅草の銅壺屋「銅銀〈
どうぎん〉」の長男として生まれ、昭和20年から本格的に家業に励み、父銀次郎〈ぎんじろう〉氏とともに銅壺製作を行いました。また、銅壺と必ずセットになる火鉢の内側部分にあたる火鉢の「落とし」も盛んに作りました。
 現在星野氏は、銅壺や火鉢の落としのほか、やかん・きゅうす・鍋などを扱っていますが、銅壺の需要はほとんどなくなり、現在、台東区でただ一人の銅壺作りの職人です。

 

完成した銅壺
完成した銅壺

やかん
やかん

次のページへ

 

文化財メニューへ