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ラシャ切り鋏作り(ラシャきりはさみづくり) 三浦康亘(みうらやすのぶ) |
台東区生活文化財(平成13年度登載)
台東区根岸
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ラシャ切り鋏は、別名裁ち鋏あるいはラシャ鋏といいます。ラシャは漢字では「羅紗」と書き、元はポルトガル語で厚い毛織物のような布地を指します。戦前まで冬物服地として必需品でしたが、今は需要がなくなり、ラシャの名前だけが残り使われています。 ラシャ切り鋏は、おそらく幕末頃に渡来したと考えられます。西洋の布地を用い、洋服を仕立てる鋏はそれまでの日本には存在しなかったため、舶来の鋏を用いていたことが想像できますが、舶来の鋏は大きくて重く、指の大きさが欧米人と異なるのでさぞ使いにくかったことでしょう。 明治時代中期、その鋏を改良した人物が吉田弥十郎です。弥十郎は刀鍛冶の技術を応用し、日本人の感性にあう鋭い切れ味と美しい光沢のある軽いラシャ切り鋏を開発し、今に伝わるラシャ切り鋏すべての系統の源流となりました。 三浦康宣さんは、昭和10年根岸で生まれました。戦後、家業であるラシャ切り鋏製作の道に入り、父庄三郎(明治29年生)から吉田弥十郎が開発して以来の技術を伝授されました。ラシャ切り鋏の伝統を守りながら、ラシャ切り鋏の存続を守るため、新たな技術開発にも積極的に取り組み、その精神は刀鍛冶の技術を持ちながら新しいラシャ切り鋏を開発した吉田弥十郎に通じます。 鏡面研磨、鋼{はがね}の研磨、ネジの調整と進む工程の最後に行う刃の調整(組み合わせ)、擦り合せは長年の経験を持ってしか行えず、その技術は貴重です。
▲鋼を研磨する三浦さん ▲鋏
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