木造不動明王立(もくぞうふどうみょうおうりゅうぞう

 

台東区有形文化財〔彫刻〕(平成元年度指定)

台東区谷中六丁目  自性院


 自性院安置の不動明王立像は、材質にヒノキを用い、割矧造という構造で造られました。像容は、火焔の光背を負い、恐ろしい憤怒の相で、右手に剣、左手に羂索を持っています。

  制作年代は、穏やかな肉どりや整ったプロポ−ションなどに平安時代後期の作風を残しますが、衣文の彫り方にやや硬さのある点で鎌倉時代初期と推定されます。

  本像は、昭和63年に区民文化財台帳に登載されましたが、区内現存の不動明王立像の中でも、年代が古く、制作も優秀であると認められ、翌平成元年度に指定文化財となりました。

  像内には古文書が納入されていて、延宝元年(1673)に石町四丁目(現、中央区日本橋本石町)に住む大仏師民部という人物が修理を加えたことを記しています。『台東区の文化財』第1集でご紹介した際には、同じ石町四丁目に住み、元禄11年(1698)八丈島に流罪となったことで有名な大仏師菊池民部と推定しましたが、その後の調査で延宝元年当時、菊池 民部は16歳の少年であったことが判明しました。大仏師とは、数人の仏師を監督する人物をいいますから、本像を修理した大仏師民部を当時16歳の菊池民部と推定することは難しく思われます。

  ところで年代は降りますが、幕末に編集された菊池民部らの伝記をあつめた記録によりますと、彼の父親も仏師で、浅草寺雷門の風神・雷神像を制作したと記しています。この両像は慶応3年(1867)の火事で焼亡してしまいましたが、菊池民部の父親が仏師であったことは確かのようです。したがって、本像の修理者大仏師民部は、菊池民部の父親ではないかと思われます。

 

 

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