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勘亭流歌舞伎文字(かんていりゅうかぶきもじ)保坂光亭(ほさかこうてい) |
台東区無形文化財〔芸能〕(昭和63年度指定)
台東区西浅草
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勘亭流は、歌舞伎の看板や番付などに用いられる独特な文字の書き方です。太く、うねりのある文字は、骨太で威勢のいい江戸歌舞伎の感性をデザイン化しています。その創始は、江戸時代中ごろ、岡崎屋勘六(おかざきやかんろく・1746〜1805)という人によって編み出されたと伝えられています。 保坂光亭(本名芳夫)さんは、明治40年浅草千束町2丁目(現浅草3丁目)で生まれました。保坂さんの家は、曽祖父の代から芝居の絵双紙と絵本番付の版元を営んでいました。近くには劇場「宮戸座」(みやとざ)があり、父の庄吉さんは宮戸座の絵本や番付をよく扱っていたそうです。 庄吉さんは、若いころから芝居絵で有名な鳥居派(とりいは)の絵を学んだほか、勘亭流を明治から大正期にかけて活躍した書家石井三礼(いしいさんれい)に習っていました。芳夫さんは、子供のときから父の仕事を手伝うかたわら、石井三礼の書を手本にして庄吉さんから勘亭流の手ほどきを受け、のち父にかわって本格的に仕事を始めました。 保坂さんは、主に歌舞伎座で番付などを手がけるほか、全国からの劇場の注文にこたえて看板や番付などの筆をとっていました。また、書家としての活動以外に、一般を対象とした勘亭流教室を開き、後継者の育成にも力を注がれています。
保坂さんは平成9年3月13日お亡くなりになりました。ご冥福をお祈り申し上げます。 |
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▲製作中の保坂さん |