あるがままに生き生きと受けとめる感性
校長 池谷美佐子
紫陽花の花の美しい季節になりました。
雨で延期した全校遠足を5月29日(火)に実施いたしました。当日は出発から昼食までの時間は「なかよし班(異年齢集団)」での活動でした。1年生から6年生までの各学年で構成された班の中で児童が共に行動し、それぞれの役割を知り、他者との多様なかかわりを体験することは児
童の成長過程において大切な経験です。今年度も「なかよし給食」や「なかよし遊び」などのなかよし班活動を年間を通して積極的に実施していきます。
屋上の芝生が根付き、5月下旬から児童の屋上使用が始まりました。屋上の芝生に出向いた児童たちは、裸足になって芝生の感触を楽しんでいました。ハーブ園のハーブも日毎に葉を茂らせており、児童はハーブの葉を手に取り、それぞれ異なる香りを確かめていました。軽量土に入れ替えたプランターや花壇には、理科や生活科の学習で観察や栽培をする植物が順調に成長し、ビオトープでは、放ったグッピーが元気に泳いでいます。児童が近くで見たり、直接触ったり、香りを調べたりするなどにより、自然をあるがままに生き生きと受けとめることのできる場が増えたことは何よりであると思います。
ところで、「人は言語が導いてくれる通りに、事実を知るのだ」ということを聞いたことがあります。確かに自分が見たり聞いたりしているものを理解する時、言葉によって対象をとらえて理解し、気付いたことを言葉で表現するということは日常のことです。ところが、対象と自分との間に入っている言葉、言い換えれば情報としての言葉があまりに多すぎてしまうと、目の前の対象をあるがままに生き生きと受けとめる活動が遠のいてしまう心配があります。言葉の情報は対象を理解するために必要ですが、言葉の情報が優先しすぎると、対象を直感でとらえたり、観察したりすることがおろそかになりがちです。情報をいち早くしかも豊富に入手できる時代であるからこそ、間接的な言葉での理解にとどまることなく、対象に直接働きかけることや、あるがままを生き生きと受けとめる直感や感性を育む機会をことさら大切にしなければならないと考えます。このことは自然という対象のみならず、人々や様々なものに対しても同様であると考えます。