| 10:[前期]一弗造像記(「魏碑 十四品」冊所収) |
北魏・太和20年(496) |
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張元祖の妻・一弗が釈迦像を造り、亡き夫が仏の国に生まれかわることを願った造像記の拓本。 |
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| 11:[前期]解伯達造像記(「龍門二十種 九種」冊所収) |
北魏・太和年間(477〜500) |
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龍門周辺の警備にあたっていた解伯達が弥勒像を造り、国家の安穏と父母の長寿などを祈願した造像記の拓本。 |
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| 12:高樹解佰都等造像記(旧拓) |
北魏・景明3年(502) |
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高樹、解佰都、その他32人が菩薩像を造り、祖先や一族の成仏を祈願したという造像記の拓本。 |
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| 13:[後期] 比丘恵感造像記 (「龍門二十種 九種」冊所収) |
北魏・景明3年(502) |
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比丘(僧)の恵感が弥勒像を造り、師僧や父母、一族の成仏と国家の繁栄、仏法の興隆を祈願した造像記の拓本。 |
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| 14:比丘法生造像記 |
北魏・景明4年(503) |
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比丘の法生が、孝文帝、北海王元詳とその母・高椒房のために釈迦像を造り、供養したという造像記の拓本。 |
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| 15:広川王祖母太妃侯造像記(旧拓) |
北魏・景明4年(503) |
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| 16:広川王祖母太妃侯造像記 |
北魏・景明4年(503) |
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広川王の祖母・侯が弥勒像を造り、自らの健康と孫の広川王や子孫の幸福と繁栄などを祈願した造像記の拓本。旧拓本の末尾には、「平乾虎造像記」の拓本も収められている。 |
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| 17:安定王元燮造像記(旧拓) |
北魏・正始4年(507) |
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安定王であった元燮が、亡き祖父母、父母、一族のために釈迦像を造り、一族の成仏を願った造像記の拓本。 |
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| 18:斉郡王祐造像記 |
北魏・熙平2年(517) |
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斉郡王であった祐が弥勒像を造り、仏教が衆生(生あるもの)に及ぶことを祈願したという造像記の拓本。 |
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| 19:比丘尼慈香慧政造像記(旧拓) |
北魏・神亀3年(520) |
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比丘尼(尼僧)の慈香と慧政が釈迦像を造り、仏教が広く衆生に及ぶことを祈願したという造像記の拓本。 |
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| 20:比丘道匠造像記(旧拓) |
北魏(4〜6世紀) |
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比丘の道匠が仏像六体を造り、皇室の隆盛と仏法の興隆、師僧や父母の成仏などを祈願した造像記の拓本。 |
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| 21:北海王国太妃高造像記(旧拓) |
北魏(4〜6世紀) |
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北海王国の太妃(祖母)・高椒房が、早世した孫の保のために弥勒像一体を造り、供養したという造像記の拓本。 |
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| 22:楊大眼造像記(最旧拓) |
北魏(4〜6世紀) |
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将軍・楊大眼が中心となり、亡くなった孝文帝の供養のため、釈迦像を造ったことを述べた造像記の拓本。 |
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| 23: [後期]優填王造像記(「魏碑 十四品」冊所収) |
唐(7〜10世紀) |
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優填王らが仏像を造り、供養したという造像記の拓本。唐時代の作と考えられるため、現在の龍門二十品には、この作品の代わりに「馬振拝等造像記」を加えるのが一般的であるが、本企画展では不折コレクションに従う。 |
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| 24:龍門山北魏題名 |
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龍門石窟内に造られた仏像に添えられた題名を集めた冊子本。発願者、仏像名などが見られる。 |
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| 15:広川王祖母太妃侯造像記(部分) |
21:北海王国太妃高造像記(部分) |
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