| 龍泉寺町は我にあり 校長 佐久間 茂和 「八月廿日は千束~社のまつりとて、山車屋臺(だしやだい)に町々の見得(みえ)を張りて…」 「三嶋~社(みしまさま)の角をまがりてより是ぞと見ゆる大厦(いえ)もなく…」 「打つや鼓(つつみ)のしらべ、三味の音色にことかゝぬ場處も、祭りは別物、酉の市を除けては、一年の一度の賑わひぞかし、三嶋さま小野照様、お隣社(となり)づから負けじの競ひ心をかしく…」 (ふりがなやかなづかいなどはできるだけ本のまま) 樋口一葉の作品に出てくる地名の一部である。文語文の天才とされる樋口一葉の文である。口語文に慣れた我々にはなかなか読み進めるのが難しいが、地名は確かに我が町のあの場所である。当時の家々は変わってしまったけれど、神社などは残っていて、往事が忍ばれるのである。一葉が住んでいたのはほんの十箇月程度であるが、「奇跡の一年」と呼ばれる亡くなる直前の短期間の間に生まれた名作は、龍泉寺町(現在の竜泉)での生活なくしてはあり得なかったのである。ご存じのように、一葉は24歳の若さで亡くなっている。つかの間の光芒一閃の生涯であった。 作品に出てくる市井の人たちは、エネルギッシュで人情味があり、生き生きと描かれている。当時の家々と同じように当時の人々は変わってしまったけれど、変わらないものは、住んでいる人たちの気質であろう。 東泉小学校は、東盛小学校と竜泉小学校が一緒になってできた学校である。竜泉中学校も今は柏葉中学校になり、「竜泉」という名前が残るのは、我が東泉小学校だけになってしまった。東泉小学校を支えていただいている、地域の人、町の人、保護者の皆様は、「エネルギッシュで人情味があり、生き生きと」されていて、一葉の作品に出てくる人たちの気質が残っているのでは、と感じるのは私だけであろうか。 さて、11月1日より五千円札の顔は樋口一葉になる。一葉の「奇跡の一年」を生んだ龍泉寺町のある学校、一葉記念館のある学校、一葉ゆかりの土地は我にある。これをもう一度、子供たちと一緒に確認し、学校の誇りとしたいと思うのである。そして、難しい文語文であり、内容も大人でなければわからない部分の多い作品ではあるが、子供たちが長じたら是非一葉の作品を読んでもらいたいと切に願う次第である。 (一葉に敬意を表して文語文で書きたかったのですが、にわか勉強では不可能です。やむをえず、ちょっと固い文体で書きました。) ※冒頭に出てくる神社などは、本校の学区域ではありません。学区域の周りに位置しています。また、旧龍泉寺町も全てが本校の学区域ではないことをお断りしておきます。 |