旧奏楽堂について

 本館は、東京藝術大学音楽学部の前身、東京音楽学校の校舎として、明治23年(1890)に建造され、日本における音楽教育の中心的な役割を担ってきました。

 2階の音楽ホールは、かつて瀧廉太郎がピアノを弾き、山田耕筰が歌曲を歌い、三浦環が日本人による初のオペラ公演でデビューを飾った由緒ある舞台です。

 創建から80年近く経過した昭和40年代(1965~)に入ると、建物の老朽化が目立つようになり、校舎を都外へ移設する構想が持ち上がりますが、昭和58年(1983)に台東区が東京藝術大学から譲り受けることとなりました。そして、昭和62年(1987)に現在の地へ校舎を移築・復原し、「旧東京音楽学校奏楽堂」として一般への公開を開始しました。さらに、昭和63年(1988)には、日本最古の洋式音楽ホールを擁する校舎として、重要文化財の指定を受けました。
 以来、旧東京音楽学校奏楽堂は、「生きた文化財」として、建物の公開のほか、演奏会や音楽資料の展示を行ってきましたが、平成25年(2014)4月より、保存活用工事のため休館しています。再開は平成30年度の予定です。


  • 明治23年当時の東京音楽学校
    創建当初の外観
  • 旧東京音楽学校奏楽堂の外観(現在)
    現在の外観
  • 2階音楽ホール「奏楽堂」
    ホールの様子

1階平面図
2階平面図



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